
2009年7月13~14日![]()
甑島へ行ってきました
皆さん、甑島をご存知でしようか![]()
甑島は、鹿児島県の薩摩川内市沖の東シナ海に浮かぶ自然豊かな島です。
上甑島、中甑島、下甑島の三つの島が連なり、上甑島と中甑島は橋で結ばれています。
中甑島と下甑島の間も10年後の完成を目指して、橋が架けられる予定です。
甑島へは、フェリーで行きました。
串木野新港から上甑島の里港まで、1時間10分。串木野新港へは串木野駅からバスで12分。フェリーは一日2往復就航、他に高速船も一日2往復就航しています。
甑島が見えてきました。
甑島では、きびなご料理が名物です。しょう油でつけたきびなご丼を売り出し中とのことです。
上甑島にある長めの浜は、全長約4キロの海岸線、本当に眺めのいいところです。
上甑島里町の武家屋敷、丸い石を積み上げた石垣が見事です。
里町のこしきしま館に宿泊。全室オーシャンビューで天然温泉の大浴場もあります。
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今の時期(7月)、かのこゆりが島の至る所に咲いています。
下甑島の北側は、断崖絶壁に囲まれており、地層をはっきりと見ることができます。
下甑島にある瀬尾の観音三滝、三段からなり、写真は三段目の滝です。
甑島は、思っていたよりも近い、それでいて自然の魅力がいっぱいの所です。みなさんも是非、一度、訪れてみてはいかがでしょうか。
~~ フォト&コメント:OH ~~
川のたもとにある応神天皇の産湯といわれる「源泉元湯」は、混浴の露天風呂で非常に開
放的。
屋根付きの「もみじ橋」には、願いを叶えてくれるという絵馬ならぬ「絵鯉」がいっぱい下がっていて、夜はピンク色にライトアップされるとのこと。
橋を渡ったとこにあるホテルは井上陽水さんが滞在して、あの名曲「リバーサイドホテル」が生まれた場所だという。う~ん、イメージしていたホテルとちょっと違うような…。
対岸も路地裏が同じように広がっていました。薬師堂、昔遊技場で使われていた射的用の鉄砲やレトロな家具などが展示してある「杖立ラボ」。そして、元気で綺麗なママさんがいる「喫茶ジュン」では、名物「杖立バーガー(400円、1日限定20個)」が食べられるなど魅力満載。
杖立川のほとりにある小さくてかわいい「流泉湯」は、入浴料100円と安い。大雨で川の水位が上がってきた時には、建物が流されるそうで、そうなる前に解体して避難しやすい構造になっているとか。出発から1時間半ちょっとで杖立温泉街を1周して観光案内所前に到着。
ちょうど出発時に蒸し場に入れていた卵が、塩味風で弾力あるゆで卵となっていて美味しかったです。
最後に、足湯「御湯の駅」(無料)が歩き疲れた足を癒してくれました。
近くには、日帰りで楽しめる露天風呂もいっぱいあって“杖立ばんざーい!”と気分最高でした。
渡辺さんによると、「背戸屋まつり」に加え「朝顔プロジェクトX」が始まるなど、杖立はますます魅力的で癒しの街へと変化しているそうです。
街づくりの中心となっているのが旅館や飲食店の若手店主、県外から移住したデザイナーなどで構成する「チーム背戸屋」。メンバーの方々と夜ご一緒させていただきましたが、向上心溢れる元気な方々ばかりでした。
このブログを読まれている皆さんも是非一度、ワクワクドキドキの背戸屋散策を楽しんでみませんか。
(Staff.K)
癒しの空間、杖立ルネッサンスとして今話題沸騰の“杖立温泉”に機構スタッフで行ってまいりました。
今回は、不思議で魅力的な旅館街の路地裏を歩く「背戸屋めぐり」をご紹介します。熊本県と大分県の県境に位置し、緑深い山々に抱かれている杖立温泉。色とりどりな3,500匹の鯉のぼりの群れが街を彩る「鯉のぼりまつり(4月~5月上旬)」をご存じの方も多いかもしれません。
その昔、「弘法大師が温泉の効能に感銘し、持っていた竹杖を立てたところ、節々から枝や葉が生えた。」とか「杖をついて湯治に来た老人が帰るころには杖を忘れてしまう。」という由来があります。
観光案内所で受付(一人500円)を済ませ、観光マップにタオルと生卵を受け取り「みちくさ案内人」の渡辺代表に「背戸屋めぐり」を案内していただきました。
まず、天然温泉の「むし場」にいただいた生卵を置いてスタート。さくら橋(夜は、200本の竹灯りで幻想的な眺めになります。)を横切って、その昔、参勤交代の街道として実際に使われていた旧日田往還道を通って大神宮へ。
近くには白糸の滝が。少し汗をかいていたこともあり、マイナスイオンたっぷりの水しぶきですごく気持ちいい。そこから川岸に降りるまでの路、まさしくそこは昭和レトロの雰囲気がそのままで、宿場町の歴史が凝縮したような路地裏でした。
屋根と屋根、軒と軒がひしめいており、細く入り込んだ石畳やほっこりとわき上がる湯煙りと温泉宿らしい昔ながらの風景。
あの有名なアーティスト日比野克彦さんを「一歩足を踏み入れると迷宮に引き込まれそうで、まるで映画のセットみたいだ。」と言わしめたのもうなずけます。
通りのいたるところに設置されている「ギャラリー背戸屋」は、昔お土産さんで使われていたショーケースと小国杉で作られており、写真アートで路地裏をお洒落に演出しています。
途中、渡辺さんが経営している旅館「白水荘」の前庭で、美しい奥様から名物「牛乳豆腐」をいただきました。これがまたぷるるんとした食感で、美味。
以下後半に続く・・・・(Staff.k)
そこから歩いてすぐ「竹瓦温泉」に到着。
パンフレットでは見ていたが、まさに歴史を感じさせ、重厚なお寺かなと思わせるようなレトロなつくり。唐破風入母屋造りというそうだ。明治12年に建立された当時、竹で屋根を葺いたことから竹瓦温泉と呼ばれるようになったとのこと。
ちょうど、近くの宿からタクシーで来られた浴衣姿のお客さん達と入り口ですれ違ったが、この風景は、あの四国にある坊ちゃん温泉「道後温泉本館」に似た雰囲気である。
わくわくして中に入ると番台のお姉さんが「兄ちゃん一人?100円ね。」「あの~施設内の写真撮ってもいいですか?」「浴室以外は自由に」とにっこり。いいお姉さんだ。
足湯に入る前に購入していたタオル一つで、脱衣場から石段を下りて浴場へ。途中、外の車道がよく見える。ということは、外からも中が見えるということ?ま、いいか。
パンフレットとおり7~8人ぐらいは入れる渋い浴槽。しかも、湯は熱い!周りには、地元風のおじちゃんと関西弁を喋る今風のおにいちゃん2人。浴室には余計なものはなく、ただ、湯につかるのみ。
熱くて長湯はできなかったけど、浴槽に浸かっていると溜った疲れが溶けていく感じがしました。
上がって休憩所でゆっくりすると汗がひいてきてサッパリ気分に。受付で名物「豆腐アイス」を購入。火照った体に冷たさが染み渡り、かぼすの香りがまた良い。
温泉から外に出るとすでに辺りは真っ暗で、竹の灯篭通り「竹瓦小路」を通って駅までのネオン街をキョロキョロしながら歩くと、レトロ感満載のライブハウス「ヒットパレード」や昔風のカレー屋さん、そして今度はお湯が周期的に噴き出る間欠泉がある足湯-夢酔泉を発見。駅前広場では手湯が楽しめるし、うーん。侮れない。
さすが歴史ある本物の温泉地「別府」。魅力的な路地裏など、もっと時間を使って街を散策したい温泉地でした。(Staff.k)
先日、大分市内での仕事が終わった後、福岡に帰る予定の電車まで2時間ほど時間があったので、別府温泉のシンボル的存在の竹瓦温泉に寄ってみました。別府の温泉というと総湧出量が1日13万キロリットルと日本一。
別府市内の温泉は「別府八湯」と言われるように8つの温泉郷から成り、泉質も豊かで、全国で11種あるといわれる泉質のうち9種(日本一)が存在しているそうです。
大分駅から普通列車で4駅、夕方6時半に別府駅に到着。
恥ずかしながら、私自身、有名なSホテルや別府地獄といった湯煙立つ山手の方に行ったことはあったんですが、別府駅近くの温泉処は初めての訪問でした。
もっと早い時間であれば、ボランティアガイドさんの案内による竹瓦温泉周辺の神社や歴史的な場所、商店街など巡る「竹瓦ゆうぐれ散策」(毎日4時から出発)に参加したかったのですが、すでに手遅れ。
しかたなく、地図を片手にテクテクと海へ向かって駅前通りを下っていくと、2分後に右手に「駅前高等温泉」を発見!
白い外壁に緑の屋根。大正浪漫を思わせるモダンなつくり。大正13年に建てられてヨーロッパの民家風ハーフチェンバー方式で有名だとか。
看板をよく見ると、「並湯」と「高等湯」がある。どう違うのか聞いてみると、高等湯は熱めと温めの浴槽があって休憩もできるらしい。
昔ながらの商店や新しいショップが混ざった「ほっとストリートやよい」と「ソルバセオ銀座」を横切ってちょっと洒落れた幟のならぶ「竹瓦温泉横丁」へ。
昔ながらの飲み屋さんのある狭い路地を歩いていくと途中、刻の湯「野上本館」の前に小っさくてかわいい足湯を発見!
近所に宿泊されているというお姉さんが一人入浴中。ちょっとお邪魔して、足をつけてみると、「熱っ!」絶対45℃はあるぞ。聞くとすでに15分くらい入っているとのこと。う~ん。我慢強いお姉さんだ。
以下後半に続く・・・・(Staff.k)
○別府温泉(竹瓦温泉)を紹介するHPはこちら
鹿児島空港でのチェックイン手続きの際、あまり見かけない制服を着用された方が受付カウ
ンター前で案内業務をされているのを見かけました。
話を聞くと、全日空の初代から7代目までのキャビンアテンダント(以下、CA)の制服だという。これは珍しいと思わずカメラに収めました。(けっして変なカメラ小僧ではありません。)
ちょうど、その日は、全日空が鹿児島路線を開設して50周年ということで記念イベントが開催されていたのです。
出発まで少し時間があったので記念イベントを見学してみました。
出発ロビーで行われたセレモニーでは、歴代の制服を着たCAがズラリと並
び、関係者の挨拶や花束贈呈、くす玉割りが行われました。
あいさつでは、昭和32年7月1日にANAの前進である極東航空が福岡、大阪、東京-鹿児島線を開設して半世紀。最初に降り立ったのが福岡からのデ・ハビランドDH-104ダブ型双発機と紹介。
関係者の方に聞くと、当時は鹿児島-大阪線のDC3型機は“薩摩”と命名され、機体に大きく印字されていたとか、東京-鹿児島間で3,900円だったとのこと。今では考えられないですね。歴史を感じます。
駐機場では、大阪のUSJのキャラクターが描かれたデザイン機の前で、大勢の親子連れが記念撮影したり、キャラクターと触れあっていました。
オリジナルグッズなどのチャリティバザーにも潜入。
国際線で使用される毛布や食器など販売。そこで珍しいものを発見。ジェットエンジン内部で使用されている特殊ボルトを利用して制作されたキーホルダー。すでにバザーに群がる一員となっていた私はためらいもせず購入…。
隣では、50年の歩みを紹介するパネルや機体模型、歴代CAのフィギアが展示されており、多くのファンや家族連れで賑わっていました。
順番よく眺めていると、「鹿児島-東京 6時間30分」と書いてある昔の宣伝ポスターを発見。すごいなぁ。
歴代制服を着たCAとの撮影会。子供用パイロット・CA・整備士の制服撮影会などもあって、イベント盛りだくさんでした。
そういえば、ここ鹿児島空港も昔の鴨池(鹿児島市)から現在の溝辺(霧島市)に移設して今年4月で35周年。今年の鹿児島空港は記念すべき年になっています。
関係者の皆様の長年の苦労があって、節目となるこの日が迎えられたことに感謝したいですね。おめでとうございます。http://www.koj-ab.co.jp/index.html
※記念展示会は、7月6日(金)~16日(祝)に鹿児島市内「タカプラ」においても開催されるそうです。
(staff.k)